抗ヘルペス薬の始祖ゾビラックス(一般名:アシクロビル)は1974年に米国ウエルカム研究所(現GSK社)で誕生。
ゾビラックスはウイルス増殖するときに必要なDNAポリメラーゼをピンポイントに阻害するヘルペス特効薬。分子標的薬の先駆け的な存在。
それまでの薬には無かった革新性を持つこのアシクロビルを発見したのはガートルード・エリオンという女性。彼女は1988年にノーベル医学生理学賞を受賞(*高尿酸血症治療薬アロプリノールや白血病治療薬6-メルカプトプリンなども開発)した。
2番目に登場したバルトレックスと3番目のファムビルも作用機序は共通でDNAポリメラーゼを阻害してウイルス増殖を防ぐ。物質として創成したのは3つとも英国の製薬会社GSK。プレステ1、2、3的な進化を抗ヘルペス薬は遂げた。
しかし4番目に登場したアメナリーフは日本のアステラスが開発したメイドインジャパンの薬。ヘリカーゼ・プライマーゼ阻害という全く異なる作用機序を引っ提げて2017年に颯爽と登場した。
つまりセガサターンのように革新的で新しい薬がアメナリーフ。
原因ウイルス | 投薬期間 | |
単純疱疹 | 単純ヘルペスウイルス(HSV) | 5日間 |
帯状疱疹 | 水痘・帯状疱疹ウイル(VZV) | 7日間 |
帯状疱疹と単純疱疹は両方ヘルペスウイルスによって引き起こされる感染症だがいくつかの違いがある。
帯状疱疹は水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)によって引き起こされる。
子供のころに水疱瘡に感染した際ウイルスが神経節に潜伏して後年再活性化することで帯状疱疹となる。帯状疱疹は基本的に一生で一度だけと言われているが、数%の確率で2回目や3回目発症することもある。
帯状疱疹は後遺症として帯状疱疹後神経痛(PHN)という神経障害性疼痛が起こりやすい。この神経障害は激しい痛みを伴う。
そんな帯状疱疹を予防するためのワクチン(シングリックス by GSK)も存在する。このワクチンの予防効果は9割以上と高い、値段も高いが。
対して単純疱疹の原因は単純ヘルペスウイルス(HSV)。
よく臨床で登場する単純ヘルペスウイルスには主に口唇ヘルペス(HSV-1)と性器ヘルペス(HSV-2)があり繰り返し発症する。原因はストレスや免疫低下など。
帯状疱疹とは違い皮膚接触や唾液を介して他者に感染させるので他者と接触を避けるべき。
今回紹介する4種類の薬はHSVにもVZVにも効果がある。
アシクロビルとバラシクロビルとファムシクロビルの作用機序は共通。
DNAポリメラーゼの基質の1つであるデオキシグアノシン三リン酸(dGTP)を競合阻害してウイルスの増殖を停止させる。
アシクロビルはグアノシン(核酸の一種)の類似体。本物と比較すると糖部分(リボース)が欠如している。
DNAポリメラーゼはグアノシンの代わりにアシクロビル3-リン酸体を取り込んでしまう。そうすると次のヌクレオチドとのリン酸エステル結合が形成できずにDNA合成が停止という仕組み。
アシクロビルのリン酸化はチミジンキナーゼが行う。
第一段階のリン酸化はウイルス性チミジンキナーゼ、残り2個のリン酸化は細胞性チミジンキナーゼ。最終的にアシクロビル-3リン酸となりDNAポリメラーゼを止める。
つまり1段階目のリン酸化はウイルスが存在しないと行われないので非感染細胞に対する毒性は低いと理論的には考えている。
ここまではアシクロビルの長所だが短所もある。
アシクロビルの一番の短所は吸収率が低いこと。それを補うために1日5回も服用しなければならない。高齢者がメインのヘルペス疾患で1日5回は多すぎる。
その欠点を改善したのがバラシクロビル。バラシクロビルは1日2回から3回で効果がある。
バラシクロビルはアシクロビルの腸管吸収性を改善するために誕生したプロドラッグ。
アシクロビルにアミノ酸L-バリンをエステル結合させたプロドラッグ。
体内でエステル結合がほどかれバラシクロビルはアシクロビルに変換。バラシクロビルはアシクロビルになる。
ファムシクロビルも活性代謝物ペンシクロビルの吸収率が悪いので構造改変したプロドラッグ。
臨床試験でバラシクロビルに対して非劣勢が証明されている。ただ優越性ではないのでそんなに効果は変わらないし、作用機序が同じなので交叉耐性もある。
つまりバラシクロビルが効かなかった人にファムシクロビルを投与しても効かない可能性が高い。
ゾビラックス | バルトレックス | ファムビル | アメナリーフ | |
単純疱疹 | 〇 | 〇 | 〇 | |
帯状疱疹 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
単純疱疹の発症抑制(造血幹細胞移植) | 〇 | 〇 | ||
性器ヘルペスの再発抑制 | △ | 〇 | ||
水痘 | ▲ | 〇 | ||
PIT療法 | 〇 | 〇 |
帯状疱疹に対しては4剤全て適応がある。単純疱疹にはアメナリーフのみ初発に使えない(PIT療法はOK)。ゾビラックスは一番長い歴史があるので豊富な剤型があり適応も豊富。
ゾビラックスは顆粒にのみ水痘が適応あり(錠剤には適応無し)。ゾビラックスの性器ヘルペスの再発抑制は小児限定で成人には適応無し。
PIT療法はファムビルとアメナリーフの2つだけ。ゾビラックスとバルトレックスは使えない。
ヘルペスという疾患に対しては広い適応と豊富なエビデンス、そして安い後発品が存在するバラシクロビルが一番バランス良く感じる。
成人の場合 | ゾビラックス | バルトレックス | ファムビル | アメナリーフ |
単純疱疹 | 1日5回 (1回200mg) | 1日2回 (1回500mg) | 1日3回 (1回250mg) | × |
帯状疱疹 | 1日5回 (1回800mg) | 1日3回 (1回1000mg) | 1日3回 (1回500mg) | 1日1回 (1回400mg) |
PIT療法 | × | × | 1日2回 (1回1000mg) | 1日1回 (1回1200mg) |
単純疱疹の服用期間は原則5日
帯状疱疹の服用期間は原則7日
ゾビラックス錠は1日5回も服用する必要がある。
最初に登場したときはゾビラックスしか存在していなかったので頑張って服用していた。しかし今はバルトレックスをはじめ少ない服用回数の薬がある。
4つの中では一番適応が広くバランスの良いバルトレックス。
ファムビルは単純疱疹にも帯状疱疹にもPITにも適応がありジェネリック医薬品も既に存在する。ただPIT療法は2回(12時間後)服用しなければならないのが少しマイナス。
シンプルさで言えば1日1回のアメナリーフがダントツだが薬価が高く初発の単純疱疹には2024年8月時点で適応を持たない。服用タイミングも食後指定ありと地味に煩わしい。
ゾビラックス | バルトレックス | ファムビル | アメナリーフ | |
リファンピシン | ● | |||
プロベネシド | ● | ● | ● | |
シメチジン | ● | ● | ||
ミコフェノール 酸モフェチル | ● | ● | ||
テオフィリン | ● | ● | ||
シクロスポリン | ● | |||
CYP3Aの基質 | ● | |||
CYP3Aを阻害、誘導する薬 | ● | |||
CYP2B6の基質 | ● |
併用薬についてゾビラックスとバルトレックスは全く同じ。4成分が併用注意として指定。
プロベネシド、シメチジン、ミコフェノール酸モフェチルは腎臓で尿細管分泌部分で競合を起こしてACVの腎排泄が低下する。
ファムビルは尿細管分泌においてプロベネシドと競合するが併用注意は1剤だけ。
アメナリーフは肝代謝型なので他3剤とは全く併用薬との関係が異なる。一番の違いは併用禁忌薬リファンピシン。併用するとリファンピシンにはCYP3A誘導作用があるのでアメナリーフの血中濃度が低下して効果が無くなる。
つまり結核治療でリファンピシンを服用している人にアメナリーフは使えない。
リファンピシン以外にもCYP3Aに関連する併用注意薬は多数あるが禁忌ではない。アメナリーフの併用薬で具体的に覚えておくべきはリファンピシンとシクロスポリンの2つ。
リファンピシンより登場頻度が多いシクロスポリンは覚えよう。
ゾビラックス | バルトレックス | ファムビル | アメナリーフ | |
精神神経症状 | ● | ● | ● | |
アナフィラキシー | ● | ● | ● | |
急性腎障害 | ● | ● | ● | |
横紋筋融解症 | ● | |||
重篤な皮膚障害 | ● | ● | ● | |
血球減少症 | ● | ● | ● | |
呼吸抑制 | ● | ● | ● | |
間質性肺炎 | ● | ● | ● | |
肝炎、肝機能障害、黄疸 | ● | ● | ● | |
急性膵炎 | ● | ● | ● | |
多形紅斑 | ● |
細胞選択性がいくら高くてもアシクロビルやバラシクロビルにはアシクロビル脳症という重い副作用がある。
アシクロビル脳症は錯乱、幻覚、意識消失、痙攣、せん妄、脳症、意識障害(昏睡)、てんかん発作などがあらわれる。高齢者で腎機能が低下していると起こりやすい。
なので腎機能が低下している高齢者に使える薬が求められていた時に登場したのがアメナリーフ。
アメナリーフは肝代謝型なので腎機能が低下していても問題無し。
そんなアメナリーフには多形紅斑という重大な副作用が記載されている。しかし多形紅斑はヘルペスに感染しても起こりえるのでそれが薬剤性なのかは分からない。
アシクロビル脳症という明らかに薬剤性の副作用が無いだけでもアメナリーフは存在価値がある。
PIT療法 | ファムビル | アメナリーフ |
服用回数 | 2回 | 1回 |
1回量 | 1000mg(4錠) | 1200mg(6錠) |
抗ヘルペス薬は症状が現れてから24時間以内に服用開始するのが望ましい。72時間以降は抗ウイルス薬を服用しても効果が期待できない。
しかし社会人だと症状が出たからといっても直ぐに病院へ行けるわけではない。
そんな多忙な社会人へ向けてPIT療法「Patient Initiated Therapy」というものが近年登場した。
PIT療法はヘルペスを繰り返す人に医師があらかじめ薬を一日分処方して渡しておく。患者さんが前兆を感じたらその時にすぐ服用する。ヘルペス治療は早さが命なのでそれに備えることが可能となった(ファムビルとアメナリーフのみ)。
服用回数が2回のファムビルより1回で済むアメナリーフの方がPIT療法では使いやすい。アメナリーフはPIT療法用に6錠使い切り入りの製品(専用携帯用ケース付き)もあって薬局にも優しい。
ゾビラックス(一般名:アシクロビル)
- 商品名の由来は帯状疱疹のZosterと+Antiviral Agents
- 一般名「アシクロ」は’a-‘が「~ない」を意味するギリシャ語の接頭辞、cyclo-は「環」で通常のヌクレオシド類似体と異なり、糖の環状構造を持たないことを由来して名付けられた
- WHOエッセンシャル・ドラッグ
- 豊富な剤型(錠剤、顆粒、点滴、軟膏、眼軟膏、点滴静注用)
- 吸収性が低いから↓
- 1日5回服用しなければならない(小児は4回)
- 経口バイオアベイラビリティが低い(15~30%)
- 水分補給が重要(アシクロビルは体内で結晶化しやすい)
- 重症例では入院して点滴推奨
- 腎機能障害時に投与すると急性腎障害やACV脳症のリスク
バルトレックス(一般名:バラシクロビル)
- バラシクロビルはアシクロビルのプロドラッグ
- アシクロビルとアミノ酸のL-バリンが結合したペプチド構造
- 腸管でペプチドトランスポーターを介し吸収
- バラシクロビルの頭文字のVaはバリンから採っている
- 1日1~3回服用
- 先発バルトレックスは錠剤と顆粒のみ
- だが後発品に粒状錠500mg「モチダ」がある
- 水分補給が重要(アシクロビルは体内で結晶化しやすい)
- 腎機能障害時に投与すると急性腎障害やACV脳症のリスク
ファムビル(一般名:ファムシクロビル)
- 商品名は一般名ファムシクロビルに由来
- 肝臓で代謝されてペンシクロビルになる
- ペンシクロビル自体は腸管吸収が悪いのでプロドラッグとしている
- 1日3回服用
- PIT療法は1回1000mg(4錠)服用し12時間後にまた4錠(計2回)
- PIT療法には再発頻度が年間概ね3回以上との使用条件あり
- 妊娠中はPIT療法不可(通常治療量なら有益性投与)
アメナリーフ(一般名:アメナメビル)
- 商品名は一般名アメナメビルに由来
- ヘリカーゼ・プライマーゼ阻害薬という新規作用機序
- なのでアシクロビルと交叉耐性が無い
- 1日1回服用で良い。
- ただし4剤中で唯一「食後」の指定がある(空腹時だとAUC低下)
- 肝代謝され糞便排泄なので腎機能を気にする必要が無い
- PIT療法は1回1200mg(6錠)で完結
- 初発の単純疱疹には適応無し(2024年7月時点)
- 併用禁忌薬あり:リファンピシン
- CYP3AだからGFJとの飲み合わせ注意
- 重大な副作用:多形紅斑
- 妊娠中はPIT療法不可(通常治療量なら有益性投与)